朱雀門の鬼

(「古今妖怪異遊覧」にて描き下ろし)
平安時代の絵巻物「長谷雄草紙」にある鬼。
双六の名手でもある長谷雄のもとに、あるときに妙な男が現れて双六の勝負を申し込んだ。長谷雄は怪しみながらも、勝負を受けて立った。勝負の場として長谷雄が連れて来られたのは平安京の朱雀門であり、この男こそ、朱雀門の鬼が化けた姿であった。長谷雄は勝負に全財産を賭け、鬼は絶世の美女を賭けると言った。双六は長谷雄が勝ち続けた。
勝負に敗れた鬼は後日、美しい女性を連れて長谷雄のもとを訪れ、百日間この女に触れてはならないと言い残し、女を置いて去って行った。長谷雄は最初は言いつけを守っていたものの、八十日が過ぎる頃には我慢できなくなり、ついにその女を抱いた。たちまち女の体は、水と化して流れ去ってしまった。その女は、鬼が数々の人間の死体から良いところばかりを集めて作り上げたものであり、百日経てば本当の人間になるはずだったという。
禰々子

(「古今妖怪異遊覧」にて描き下ろし)
利根川に住む河童の女親分。
祢々子河童、弥々子河童(ねねこがっぱ)とも呼ばれる。
江戸時代の地誌学者・赤松宗旦による地誌『利根川図志』には「子ヽコ」の表記で記載されている。
禰々子は年ごとに居場所を転々としており、住み着いた流域には決まって災いが起きたという。
茨城県北相馬郡利根町加納新田の、江戸時代の川奉行・加納家の屋敷には「称々子かっぱ」という土偶が縁結びや安産の神として祀られており、以下のような伝説が伝えられているという。利根川の支流である片品川に禰々子が住んでいた。腹の立つことがあると暴れて川の堤を崩して田畑を水浸しにしたり、気の向かないことがあると子分たちを率い、人の子供や馬を川へ引き込んで溺死させたるといった暴れ者で、村人たちに恐れられていた。しかし、加納家の祖先の者が禰々子を生け捕りにして檻に封じたところ、禰々子がもう二度と悪さをしないと言って許しを乞うたので、その者は禰々子を許してやったという。








